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「胃ろう」を拒否したい

 「胃ろう」とは、おなかの外側から胃に穴を開けて、チューブを通して栄養を送る方法です。

 もともと、事故や突発的な病気で一時的に食事が口から摂れなくなった患者さんのために開発されたものですが、嚥下機能の低下した高齢患者にも急速に使用されるようになりました。

 そのため、不本意・不必要な延命措置となっているのではないか、終末期の医療としてはふさわしくないのでないか、などの議論が起きています。

 

 嚥下機能が低下すると食べ物が気管にも入ってしまうため、誤嚥性肺炎のリスクがあります。このリスクを理由として「胃ろう」が選択される場合でも、「胃ろう」のケアや管理がうまくできなければ、胃に流し込まれた栄養が逆流し、誤嚥性肺炎を起こすということもあります。

 栄養過多のため、全身がむくんでしまう患者さんも多く、その姿を見て後悔する家族もいらっしゃいます。

 

 「胃ろう」はそれがなければ栄養を摂ることができない患者さんにとっては、唯一生命を守る手段となります。このような状況で「胃ろう」を外すことは、すなわち死を意味しますので、人工呼吸器を外すことと同じように極めて難しくなります。

 ところが、人工呼吸器などの措置と比べると、措置を始める時点の患者さんの状況はそれほど切迫したものではありません。そのため、安易に「胃ろう」を選択してしまうケースがあるのです。

 

 こうした状況からも、「ご本人が」「書面で」「胃ろう」についての意思表示をしておくことがとても大切です。他の延命措置と同様、ご家族に判断を背負わせることは極めて酷なことです。

 

 現時点で「胃ろう」の問題は、尊厳死宣言書にまつわる論点として比較的新しいため、日本尊厳死協会や公証役場でも一般向けの指針や様式などは出していません。

 

 しかし、高齢患者に「胃ろう」などを着けた場合に生ずる様々な問題は、医療・福祉関係者の大きな関心があり、議論となっている「尊厳死法案」においては「胃ろう」などの拒否も論点となっています。

 したがって、適切な尊厳死宣言書によって「胃ろう」をはじめとした経管栄養を拒否することは十分可能だと思われます。

人工呼吸器は外せるか?

 

 現在の日本の法律では、一度着けた人工呼吸器を外すことはできないというのが大原則です。たとえ尊厳死宣言書に「人工呼吸器は外してほしい」と書かれていても、基本的には同じです。しかも、公正証書の場合は「人工呼吸器を外してほしい」と書くことすら難しいのが現状です。

 人工呼吸器を外すことが医学的に適切な選択ではない、つまり人工呼吸器を外すと死んでしまうにも関わらず外してしまうと、刑事事件になります。家族が希望したとしても、原則としてお医者さんの責任は免れません。

 

 これほど大きな問題にもかかわらず、人工呼吸器の着脱にまつわる法制度については意外と知られていません。そのため、現実に家族が意識不明の状態になり、人工呼吸器についての説明を受けると「よくわからないけれど、お医者さんがいうのだからとりあえず・・」という気持ちで安易な延命治療に踏み出してしまうのです。

 

 延命治療がいけないと言っているのではありません。「安易に」踏み出してしまうのが問題なのです。だとすれば、もう少しちゃんとお医者さんに聞けばよいのかもしれません。また、お医者さんが人工呼吸器を着けることによる問題を積極的に教えてくれるようになればよいのかもしれません。

 しかし、お医者さんは患者さんのお身体の現状と今後の治療方針などは説明する義務があるものの、安楽死などについての法制度の説明まで行う義務はありません。現在、国会ではいわゆる「尊厳死法案」の議論も始まっていますが、お医者さんの世界では「死は医療の敗北」という価値感が根強くありますので、今後も安楽死についての説明義務まで課される可能性は低いと思います。

 

 なお、安楽死は殺人罪にあたるというのが大原則であるものの、例外的にその違法性を阻却した判例が日本にもあります。


1.死期が切迫していること

2.耐え難い肉体的苦痛が存在すること

3.苦痛の除去・緩和が目的であること

4.患者が意思表示していること

5.医師が行うこと

6.倫理的妥当な方法で行われること

(昭和37年・名古屋高裁)

 

 その他にも、上記のような判例がありますが、どの判例も厳格な要件をあげており、裁判所も極めて例外的・限定的に扱っていることがわかります。しかも、この判例をもとに安楽死についての宣言書を書いたとしても、それが実現される可能性は極めて低いと思われます。

 なぜなら、お医者さんがその宣言書に基づいて、人工呼吸器を外すなど安楽死の措置を行った場合でも、裁判を受けなければならないことについては変わりがないからです。この場合の宣言書は「裁判にかけられたお医者さんを無罪にする可能性」を高めるだけの効果しかないのです。

 

 「無罪になるとは思うけれど、裁判所に呼び出されるくらいは仕方がない」と思ってくれるお医者さんが果たしてどれだけいるでしょうか?やはり現実には、一度着けた人工呼吸器を外すことはほとんど不可能ともいえます。

 公証役場を利用しても、ご家族や医療関係者が必ずその文言に従わなければならないという法律上の義務まで課すものではありません。

 しかし、あなたの意思について公的な存在である公証人が確認したことになりますので、その文章は明らかにあなたの意思に基づいているという証明力は極めて高くなります。近年、ご本人の意思の尊重という社会的なモラルは以前と比べものにならないほど高まっていますので、大きな効果が期待できます。

 

 公証役場を利用する短所としては、やや費用が高いこと、公証役場が提供する「尊厳死宣言書」のひな形には「胃ろう」についての記載がないこと、公証人によっては尊厳死は認めないという生命倫理上の立場をとっている人がいることなどが挙げられます。

 そのため、公証役場を利用する場合は、「尊厳死宣言書」の作成をお願いできるか、内容について詳細な希望を叶えてくれるか、などの様々な調整が必要となります。

 各地の公証役場に直接お問い合わせください。

 公証役場とは、公証人が執務する事務所で全国約300ヶ所にあります。公証人は、裁判官、弁護士、検察官など法曹関係者の中から法務大臣が任命する公務員です。

 主な仕事は、公正証書や私署証書などの公的文書を作成することです。これらの書類は、極めて高い証明力を持つので、裁判所の判決がなくても強制執行できる場合もあります。

 

 一般には「尊厳死宣言書」も公証役場で作成することができます。その場合、主に次の二つの方法のいずれかを利用することになります。

 

1.私文書認証

 自ら用意した文書を公証人に確認してもらったうえで、その文書の内容があなたの意思に基づいて作成されたことを証明してもらう方法です。

 費用は、方式によって5,500円から11,000円程度と比較的安いのですが、原本を失くすと再発行はしてもらえません。尊厳死宣言書は、あなたが意思表示できなくなったときに力を発揮するものですので、大切に保管するとともに、いざというときはすぐに医療関係者などに届けられる体制が必要です。

 したがって、たった一つの原本であっても、ご自分の手許に置いておくことは得策ではありません。通常は、信頼できる方に預けることになりますが、こうした人が見つからない場合は、私文書認証の方法は適していないことが多くなります。

 

2.公正証書

 公証役場でもっとも利用される方法で、遺言や任意後見契約でも用いられます。公正証書はその文面も公証人が作成しますので、一般に私文書認証よりも証明力が高くなります。

 費用は、通常11,000円程度(別途、用紙代などが必要)です。原本は、公証役場に保管されますので安心ですし、謄本も費用を支払えば何通でも作成してくれます。

 ただし、文面の内容に関して、公証人と何度かやりとりをしなければなりませんので、それが面倒という方は行政書士などの専門家に依頼したほうがよいと思います。

 「尊厳死」について、日本における先駆的役割を果たしてきたのが一般社団法人日本尊厳死協会です。

 もとは延命治療や生命倫理について深く考える医師や法律関係者などの有志でつくられた団体だったのですが、いまや「尊厳死」や「延命治療」についての法制化を検討するときにも常に意見を求められるほど認知度の高い存在となりました。

 

 日本尊厳死協会では、独自の「尊厳死宣言書(リビング・ウィル)」の普及をすすめており、実際に多くの方が利用しています。

 手続きが簡単で、費用も安い(正会員・年額2千円から)のが最大の特徴です。宣言書の文言がすべて一律に固定されているので、ご本人が署名・捺印し、郵送するだけです。厳密にいえば、法律上の効力はないのですが、それでも9割の方がこの宣言書が活かされたという調査結果が出ています。

 

 一方で、宣言書の内容が固定されているため、「胃ろうも拒否したい」などの個別の希望には対応できません。また、ご家族の同意について記載することもできませんので、微妙な家族関係に配慮することはできません。

 

くわしくは・・・

一般社団法人 日本尊厳死協会

〒113-0033 東京都文京区本郷2-29-1-201

TEL 03-3818-6563  FAX 03-3818-6562

 「尊厳死宣言書」に法律上の要件はないと言われても、ある程度は目安がないとかけないと思います。

 

 そこで、公証役場や日本尊厳死協会で用いられているものを基準にした、ごく一般的なひな形をご紹介しますので、ご参考にしてください。

 

尊厳死宣言書

   
第1条 私○○○○は、私が将来病気に罹り、それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合に備えて、私の家族及び私の医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。
1 私の疾病が現在の医学では不治の状態に陥り既に死期が迫っていると担当医を含む○名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。
2 しかし、私の苦痛を和らげる処置は最大限実施してください。そのために、麻薬などの副作用により死亡時期が早まったとしてもかまいません。
第2条 この宣言書の作成に当たっては、あらかじめ私の家族である次の者の了解を得ております。

     妻    ○ ○ ○ ○   昭和  年 月 日生
     長男  ○ ○ ○ ○   平成  年 月 日生
     長女  ○ ○ ○ ○   平成  年 月 日生

私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるよう御配慮ください。
第3条 私のこの宣言による要望を忠実に果して下さる方々に深く感謝申し上げます。そして、その方々が私の要望に従ってされた行為の一切の責任は、私自身にあります。警察、検察の関係者におかれましては、私の家族や医師が私の意思に沿った行動を執ったことにより、これら方々に対する犯罪捜査や訴追の対象とすることのないよう特にお願いします。
第4条 この宣言は、私の精神が健全な状態にあるときにしたものであります。したがって、私の精神が健全な状態にあるときに私自身が撤回しない限り、その効力を持続するものであることを明らかにしておきます。

 

 以上は、あくまで一般的なひな形ですので、あなたの置かれた状況に応じて内容は変わります。ご自分で書かれる場合でも、必ず専門家にご相談ください。

 「尊厳死宣言書」は、法律で規定された文書ではありません。したがって、決まった形式があるわけではありません。しかし、何の予備知識もなく自由に書いても、あなたの想いが伝わらずに、家族や医療関係者が適切な処置をしてくれなくなる恐れがあります。

 

 ですから、ご自分で書く場合でも、ある程度は法律の考え方に沿った書き方をしておく必要があります。その意味で、とても参考になるのが「遺言」です。「遺言」はご自分で書く場合にも民法でその要件が定められていますので、この要件にしたがって「尊厳死宣言書」も書けば、少なくとも法理論上はあなたの意思がそこにあったことが立証しやすいといえます。

 

 これらのことから、ご自分で「尊厳死宣言書」を書く場合には、以下のことには注意してください。

1.紙は何でもかまいませんが、鉛筆で書くことは避けてください。

2.ご面倒でもすべてご自分の自筆で書いてください。ワープロや代筆は避けてくださ

  い。もし、間違えたら訂正印を押すか、はじめから書き直してください。

3.日付は必ず入れてください。5月吉日など日付が特定できない表現はしないでくださ

  い。

4.氏名を必ず書いてください。また、一つの宣言書には一人だけの氏名を書いてくださ

  い。ご夫婦であっても、宣言書は別々にしてください。

5.印を押してください。認印でもOKですが、実印を押して印鑑証明書も一緒に綴じれば

  なお効果が増します。

 

 くり返しになりますが、尊厳死宣言書は法律上の決まりはないので、上記の要件を必ず満たさなければならないというものではありません。しかし、例えば印鑑証明書をつければ、それを見た医療関係者などは「これだけご本人は本気だったんだ・・」という印象を受けることになります。

延命措置は途中で止められない

 

 先ほど人の死にまつわる定義をご紹介しましたが、「尊厳死」や「平穏死」とは、一般には延命措置などを「拒否する」ことをいいます。しかし、自力呼吸できないことがわかっていながら、いま着けられている人工呼吸器を「取り外す」ことは、「安楽死」に該当すると思われます。「安楽死」は日本では認められていません。極めて限定的に認めた判例もありますが、その判例で認めた要件に該当するかどうかは、裁判まで経なければわかりません。

 したがって、たとえ家族に懇願されても、死ぬことがわかっている中で人工呼吸器を取り外せば、担当した医師は少なくとも刑事事件に発展する覚悟は背負わなければなりません。

 

 つまり、一度延命措置を開始してしまうと、誰も止められなくなるのです。開始するときは、焦っていたし、考える時間もなかった・・でも、今となってみれば、延命措置を始めたのは間違いだったのか・・と家族や医師が考えても戻ることができなくなります。

 

 尊厳死宣言書は、遺言などと比べると認知度が低いと思います。しかし、生命の根源に関わる問題よりも、遺産の分け方のほうが大事なはずはないのです。

 極端な言い方ですが、家族の仲がよければ遺言などはいりません。しかし、尊厳死宣言書は、あなたを含めた家族が普通に仲良くしているか、それ以上の絆があるなら必ず書いておくべきなのです。自分の終末期には、家族に負担をかけたくないという気持ちは多くの人がお持ちなのですが、そのためのちょっとした準備をした人が少ないために、多くの人が家族に様々な負担をかけてしまっているのです。

家族にどんな負担がかかるのか?

 

 多くの人がある程度の年齢になると、自分が死ぬときのことを考えます。自分の終末期について、希望などを家族に話しておく人も少なくありません。

 

 ご本人にとっては、とても大切な話なのですが、やっぱり縁起はよくないことなので、聞かされた家族は「そんなこと言わないでよ?」と冗談交じりの返事をして、それ以上この話を長引かせたくないという雰囲気になります。

 ご本人からすると、ちゃんと理解してくれたのか少し不安が残りますが、これ以上雰囲気も悪くしたくないので、「とりあえずは家族に伝えたんだから・・」と自分を納得させます。

 

 そのまま時間は過ぎ、ついにその時が来るのです。突然の病気で倒れたご本人は、すでに意思表示もできません。家族がお医者さんに呼ばれて説明を受けたうえで、選択を迫られます。

 「命を救うには、いくつかの方法がありますが、どの方法も救える可能性はゼロではありませんが、残念ながら極めて低いと思います。しかし、人工呼吸器をつけて繋ぎ止め、状態が好転するなら手術も可能かもしれません・・・もちろん、人工呼吸器をつけても状態が好転する可能性も極めて低いのですが、私どもから見ると、この方針が最善と思われます。こうした方針でよろしいですか?」

 人工呼吸器をつけるか否かは、至急の判断のため家族にはゆっくり考える時間がありません。それに、多くの家族は初めて会ったお医者さんに、提案された方針に従うとどうなるのか、本当に家族が望む形に戻れるのか、細かいことまでちゃんと聞けないことも多いのです。(もちろん、お医者さんにはちゃんと聞けば、ちゃんと教えてはくれます)

 

 家族「本人は、延命措置はやめてほしいと言っていました。」

 医師「そうですか・・それでは、人工呼吸器もやめておきますか?」

 家族「人工呼吸器をつけても可能性はないんですよね・・」

 医師「ご本人の年齢や体力も考えると極めて低いということは間違いないと思います。

     しかし、可能性がないとは申し上げられません。私たちとしては、最期まで最善

     を尽くしたいと考えています。あとは、ご家族のご判断によります。」

 

 お医者さんにかつてご本人が家族に言った言葉を伝えても、結局は家族が判断せざるを得なくなります。

 

 お医者さんは、できるかぎりの手を尽くそうと提案します。それが、医師の役割だからです。

 お医者さんの話を聞いた家族は、「本人は延命措置はやめてほしいと言ってたし、私だって本人の気持ちには沿いたい・・でも、あの言葉は本心だったのか・・それに、他の家族はどう思うんだろう・・」と悩むことになります。

 ご本人の想い、お医者さんのアドバイス、それを聞いた家族の気持ちや他の家族の感情まで考えて判断しなければなりません。

 かつて、ご本人はこのような事態を想定できないまま、ただ「延命措置はやめてほしい」とだけ家族に伝えました。しかし、そのことがかえって家族に極めて大きな葛藤を与えることになるのです。

 

 医療の選択、まして生死に関わる医療の選択はやはりご本人がすべきものです。もちろんその時点でご本人が意思表示できれば問題はないのですが、それが望めない事態のほうが多いのです。

 せめて文書でご本人の意思を残しておいてくれたら、家族はそれを渡すだけの役割しかありません。さらに、文書を渡すだけなら、家族でなくてもできることなのです。いずれにしても、文書を通じてあくまでご本人とお医者さんが決めることになります。

 

 もし、尊厳死の希望を叶えたいのであれば、絶対に中途半端な方法をとってはいけません。どんなに面倒でも、何らかの文書を残しておかなければ、家族の負担は大きく深いものになってしまいます。

「とりあえず」の延命措置の結末

 

 一概に「延命措置」といっても、その定義が明確にあるわけではありません。一般には、「人工呼吸」や「人工栄養」などが当たりますが、厳密に考えれば「人工透析」も延命措置と言えるかもしれません。

 

 いずれにしても、「死期が近く、完治は見込めず、ただ延命を目的とした医療行為」と考えられていますが、この延命措置を一度始めると止めるのは極めて難しいということだけは知っておかなくてはなりません。

 

「安楽死」「脳死」「植物状態」「尊厳死」「平穏死」

 

 あなたは、これらの人の死に関する概念の違いがわかりますか?まずは、簡単にご紹介したいと思います。

 

「安楽死」

 一般には薬物などによって医師が積極的に患者を死に至らしめる行為と思われていますが、法理論上は、「延命措置の中止」も含まれると考えられています。


「脳死」

 肺や心臓の機能は停止していないが、脳の機能だけが停止した状態です。日本では「臓器移植法」に基づく脳死判定がされたときだけ、脳死を人の死と認めています。


「植物状態」

 「脳死」は脳のすべての機能が停止し、人工呼吸器などがなければ呼吸も維持できない状態ですが、「植物状態」の場合は、脳幹の機能が残っていて、自発呼吸ができる状態です。


「尊厳死」

 一般には、人工呼吸器などの延命措置を拒否することをいいます。ここで重要なのは、延命措置が取られる前に拒否しなければならないということです。


「平穏死」

 最近話題になっている考え方です。「尊厳死」の考え方に「胃ろう」などの経管栄養の拒否も選択するものです。


 ご自分の最期を自ら決めたいと思っている方は、最低限この程度の違いは理解していただく必要があります。この違いを知っておかないとご自身が後悔するだけでなく、家族も苦しめることになるのです。なぜでしょうか?後ほど触れますが、ご自分でも考えてみてください。